2025年11月6日から9日まで開催された
東京国際ろう芸術祭。
昨年参加したこの芸術祭について、今回は「体験レポート」としてだけでなく、「ろう文化と芸術の関係」という視点も交えながら書いてみたいと思います。
結論から言うと――
私の中の“演劇の常識”が覆された4日間でした。
ろう映画祭から「ろう芸術祭」へ進化
このイベントは、もともと4年に一度渋谷で開催されていた「ろう映画祭」が前身。
2025年からは映画にとどまらず、舞台・パフォーマンス・トークイベントなどを含む総合芸術祭へと進化しました。
会場は杉並区の「座・高円寺」を中心に、高円寺一帯でした。
映画祭ではなく芸術祭になったのは次の思いがあったからだそうです。
映画だけでなく、「ろう芸術」「ろう文化」そのものを知ってほしい。
私はそれまで、ろう映画祭の存在すら知りませんでした。
しかし実際に足を運び、「知らなかったのではなく、見ようとしていなかったのかもしれない」と気付かされました。
駅を降りた瞬間、街が変わった
高円寺駅を降りて、思わず立ち止まってしまいました。街全体が、まるで「手話のまち」になっているような感覚。
それは、街中で自然に手話が交わされていたことです。
音声が中心ではないコミュニケーション空間。
それなのに、そこには活気があり、笑顔があり、エネルギーがありました。
私はちょうどデフリンピックのボランティア研修で「ろう文化」を学んでいた時期でした。
その中で印象的だったのは、
ろう文化の一つに芸術がある
という言葉。
感情豊かに、身体全体で表現する文化。その積み重ねが、芸術の発展にもつながっているのではないか――そんなことを、歩きながらぼんやりと考えていました。
雨の日に出会った「のびのびカフェ」
その日は雨で少し肌寒く、まずは温かいカフェラテを購入しました。
出店していたのは「のびのびカフェ」さん。
オーナさんが聞こえない方で、新潟県長岡市で「NOBI by SUZUKI COFFEE」として店舗を構えています。イベント出店時の名称が「のびのびカフェ」とのこと。
お店の名前には「のびのびと過ごしてほしい」という願いが込められているそうです。
雨の影響もあり、ブースは大盛況。次に長岡を訪れる機会があれば、ぜひ店舗にも足を運び、ゆっくりコーヒーを味わいながらお話を伺ってみたいと思います。
デンマークの劇団「5005」が教えてくれたこと
私が参加したトークイベントは、
デンマーク発の劇団
Teater 5005
によるもの。
会場では、
・音声言語
・日本語手話通訳
・国際手話通訳
・リアルタイム文字起こし(UDトーク提供)
という複数の方法で話を聞くことが出来ました。
資金集めの話題になったとき、私は思わずうなりました。
創作の現実的な苦労は、聞こえる・聞こえないに関係ない。
つまり、
課題は共通し、表現方法が違うだけなのです。
■ 脚本が“最初”ではない
創作プロセスについての話は、私にとって衝撃的でした。
彼らの創作は、
- 手話や身体表現が先
- そこから物語が生まれる
- 音声や字幕は補助
という流れだそうです。
私は学生時代に演劇をしていました。
私の常識では、
- まず脚本
- 次に演出
- その後に動き
でした。
でもそれは、
“音声言語が中心である世界の常識”
だったのです。
考えてみれば、「創造して表現する」ことに順番の決まりなどありません。
ルールがないからこそ、ワクワクやドキドキが生まれる。そう気付いたとき、私は少し恥ずかしくなりました。
同時に、ゼロから生み出す楽しさや難しさを、もう一度味わってみたいという気持ちも湧いてきました。学生時代に演劇をしていたあの頃の感覚が、静かに蘇ってきたのです。
「5005」の皆さま、本当にありがとうございました。
この芸術祭から学んだこと
私なりに整理すると、3つあります。
① 表現は音声だけではない
② 文化は体験して初めて理解できる
③ 常識は立場によって変わる
もし次のように思っている方がいらっしゃれば、次回の開催時にはぜひ足を運んでみてください。
- 手話に興味がある
- 多様性について考えたい
- 芸術の可能性を広げたい
オンライン情報だけでは分からない「空気」があります。
おわりに|また“手話のまち”へ
芸術祭は、単なるイベントではありませんでした。
それは、
自分の当たり前を問い直す時間でした。
高円寺の街に広がっていた、あの自然な手話の光景。
あの空間をもう一度体験したいと思っています。
そして次回は、もっと深く、もっと多くの企画に触れたい。
東京国際ろう芸術祭は、
私に「表現とは何か」を改めて考えさせてくれた大切な時間でした。

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